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2008.11.16
大島渚監督の左手修業
映画監督の大島渚さんのリハビリ生活をテレビで見ました。大島監督は、「脳出血」で、右半身がまひされました。病気が発症された当初は、利き手の右手を使ってリハビリをされていました。
でも、しばらくすると、医者から「右半のまひは、もう戻らないから左手の訓練をしましょう。」と告げられたそうです。その時、大島さんは、泣きました。そして、奥さんも切なくて大泣きしました。やがて、左手で字を書く訓練を始めました。大島さんが、左で書いた字を見ましたが、名前はとても上手に書けていましたが、そのほかの文章は、なにが書いてあるかよくわかりませんでした。でも、その左手で書いた「汚い字」は、大島さんの苦労と努力がにじみ出ているすばらしい字だと思いました。もし、大島さんが、小さな頃から利き手で日本語を書いて、非利き手で英語を書いていたら・・・。左手で簡単に字が書けるので、きっと、落ち込む度合いが、少なくて少なくて済んだに違いありません。
ちなみに、私は、右手で日本語、左手で英語を書きます。左手で日本語を書く練習はしていません。左手では、英語がきれいに書けたらいいなと思いつつ、毎日、少しだけ英語を書いています。今では、普通にきれいな英語が書けています。そのように英語を書く練習しかしていないけど、写経を左手で書いてみたら、しっかりした良い字が書けました。なんて書いてあるか分からない字なんて、1文字たりともありません。だからこそ、小さな頃から、英語を非利き手で書いて欲しい。もし、大島監督の少年時代にそのようなことが行なわれていたら、大島監督は、左手で小説なども書いて楽しめたかもしれないのです。テレビで見たようなつたない字しか書けないのでは、そういうことをする気もはじめから萎えるのが人間というものでしょう。
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でも、しばらくすると、医者から「右半のまひは、もう戻らないから左手の訓練をしましょう。」と告げられたそうです。その時、大島さんは、泣きました。そして、奥さんも切なくて大泣きしました。やがて、左手で字を書く訓練を始めました。大島さんが、左で書いた字を見ましたが、名前はとても上手に書けていましたが、そのほかの文章は、なにが書いてあるかよくわかりませんでした。でも、その左手で書いた「汚い字」は、大島さんの苦労と努力がにじみ出ているすばらしい字だと思いました。もし、大島さんが、小さな頃から利き手で日本語を書いて、非利き手で英語を書いていたら・・・。左手で簡単に字が書けるので、きっと、落ち込む度合いが、少なくて少なくて済んだに違いありません。
ちなみに、私は、右手で日本語、左手で英語を書きます。左手で日本語を書く練習はしていません。左手では、英語がきれいに書けたらいいなと思いつつ、毎日、少しだけ英語を書いています。今では、普通にきれいな英語が書けています。そのように英語を書く練習しかしていないけど、写経を左手で書いてみたら、しっかりした良い字が書けました。なんて書いてあるか分からない字なんて、1文字たりともありません。だからこそ、小さな頃から、英語を非利き手で書いて欲しい。もし、大島監督の少年時代にそのようなことが行なわれていたら、大島監督は、左手で小説なども書いて楽しめたかもしれないのです。テレビで見たようなつたない字しか書けないのでは、そういうことをする気もはじめから萎えるのが人間というものでしょう。
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